ナポレオンの運命を変えた占い

 

ナポレオンといえば、みなさんよくご存じの「余の辞書に不可能の文字はない」という言葉を残した軍人として有名であるが、重要な決断の影に深く関わる占い師がいたことはあまり知られていない。
占い師の名前は「アベ」。
ナポレオンは元々イタリアコルシカ島の出身で、イタリア名「ナポレオーネ・ディ・ブオナパルテ」という名前だった。しかし、この老いた占い師が占星術を用い、「ナポレオン・ボナパルト」というフランス名に改名させたのである。
そのこともあってか勢いにのったナポレオンは軍人としても成功を収め昇進していくこととなる。

ある日、ナポレオンはアベに、フランスを我が手に入れるにはどうしたらよいかと尋ねた。するとアベは、古代エジプトの王家の墓に眠る占いの書を手に入れるよう告げたのである。
そのこともあってか1798年にはナポレオンはエジプト遠征にいくこととなるのだが、その時遠征に同行した学術調査団が古代遺跡の中からファラオの占いを伝えるパピルスの書を見つけ出したのである。
これがのちに『運命の書』と呼ばれるのであるが、彼はこの書を秘かにフランスに持ち帰り以降人生を左右する決断を下す際には、かならず用いたと伝えられている。
不思議なほど高い的中率を誇るこの書を使い、1804年には若干35歳の若さにして皇帝にまでたどり着くこととなる。『運命の書』は、人間のあらゆる一生の問題を占う古代エジプトの秘法だといわれている。

やがて、占い師のアベが死に、1813年ライプチヒで戦争が起こる。
この戦は、ナポレオン軍が対仏同盟軍に包囲されて大敗し、フランスへ逃げ帰ることとなる。そのときに、こともあろうにその『運命の書』を置き忘れ敵軍の手に渡してしまうこととなる。
その後ナポレオンは、急速に凋落し1821年セントヘレナ島に於いて失意のうちに一生を閉じてしまう結果となるのだった。死因としては当時公式には胃癌と発表されたが、ヒ素による暗殺の可能性も指摘されている。

このように占いというものがナポレオンの人生において大きな影響を与えたことは間違いない事実なのである。
たかが占いといっても、いろんな決断をする際に重要な答えを導き出すためのヒントを与えてくれることは紛れもない真実なのだ。何か悩みがある際には1人で悩まず占いに頼ることも一つの方法である。
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