眠るヒト、眠らない脳

寝苦しい季節がやってきました。なかなか寝つけなかった夜の翌日、睡魔に襲われて勉強や仕事がはかどらなかった、なんてことはありませんか。こんなとき、睡眠時間が短くても元気でいる方法があればいいのにとついつい考えてしまいがちですよね。睡眠は脳にとって重要な時間といわれていますが、どう大事なのでしょうか。

2つの眠り

睡眠には、「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」の2種類の状態があります。レム睡眠は、閉じたまぶたの下で眼球がすばやく動き、全身の筋肉が弛緩して寝返りをうたなくなる状態です。生々しい、ふしぎな夢を見るのもこのとき。この間、脳波には小刻みで速く振動する波形が見られ、脳は活発に活動していることがわかっています。それに対しノンレム睡眠は、眼球運動がほとんど見られず、寝返り行動が見られます。深い眠りに入った時に脳波を測定すると、大きくゆったりと振動する波形が見られ、脳の機能が低下していることがわかります。

私たちが眠っているとき、外からの刺激がほとんど入ってこなくなった脳では、このような2種類の活動状態が交互に現れているのです。

眠りは記憶の整理の場

2種類の睡眠中、私たちの脳では何が起こっているのでしょうか。脳波の計測から、ノンレム睡眠中のゆったりした脳波が徐々に小さくなっていくことが知られていました。アメリカのウィスコンシン大学マディソン校のトノーニは2009年、この変化が神経細胞の活動低下と関係していることを見出したのです。覚醒中、神経細胞は盛んに活動することで周囲の神経細胞との強い結合を維持しています。このことから、ノンレム睡眠中には神経細胞同士のつながりの強度が低下していくのだとトノーニは考えました。

私たちが活動している間に見聞きした情報は、神経細胞同士がつながることで記憶として保持されます。このつながりの強さが低下してしまうというわけです。そういわれると、新しく見聞きしたことを忘れるのではないかと心配してしまいますが、たった1日でも得る情報はじつは膨大なもの。記憶すべき情報はごく一部で、ほとんどは睡眠中にノンレム睡眠中に忘れるのだと考えられています。

一方、レム睡眠時には、大脳辺縁系が盛んに活動していることがわかっています。この大脳辺縁系は、海馬や扁桃体など記憶と感情に深く関わる領域。この部分が活性化されることにより、その日に得た情報と自分の感情とを結びつけていると考えられています。

ちょうどパソコンのデータを整理するように、その日に得た記憶の情報をノンレム睡眠時にふるい分け、レム睡眠の時間にラベルを貼って分類する、というのを交互に行っているのでしょう。蓄積された記憶をメンテナンスするために、睡眠は重要な意味を持つのです。

不眠不休に見えるけれど

休んでいるように見えて、じつは記憶の整理に必要な睡眠の時間。でも私たちのように安全に眠れるようには思えない、海に棲む哺乳類や、広い海を渡る鳥類はどうしているのでしょう。

イルカは肺で呼吸するため、定期的に浮上する必要があります。彼らがうっかり水中でうたたねをしてしまえば、とたんに溺れてしまうでしょう。それでは彼らは寝ないのか、というとそんなことはありません。バンドウイルカやオットセイは、進化の過程で半球睡眠という方法を編み出しました。この方法、器用にも左右の脳を交互に片方ずつ眠らせます。右脳を休ませている間は左目を閉じ、左脳を休ませている間は右目を閉じて、睡眠をとりながらもずっと泳ぎ続けることができるのです。

また、インダス河に棲むカワイルカはマイクロスリープと呼ばれる数秒から数十秒単位の短い睡眠をとり、それをくり返すことで1日合計7時間にも及ぶ睡眠時間を確保しています。アホウドリやカモメも飛行中にこの方法を使っています。彼らがなぜ特殊な睡眠ができるのかはまだまだ謎に包まれていますが、このような方法を作り出してまで眠っていることから、睡眠は生き物が生活するうえで切っても切り離せないものだとわかります。

たかが眠りとあなどるなかれ

近年、脳科学の進歩によって睡眠のメカニズムが科学的に明らかになってきています。たとえば、神経ペプチドの一種であるオレキシンをつくる細胞に変異が生じると、ナルコレプシーという日中でも急激な眠気に襲われる疾患が引き起こされることがわかりました。そこで、マウスのオレキシンをつくる細胞を刺激してオレキシンを放出させてやると、まるでスイッチをオンにするように眠っていたマウスを覚醒させることができました。このようにして睡眠のメカニズムを明らかにする研究が進んでいけば、将来的に必要なだけの睡眠を過不足なくとれるようになるのかもしれません。

ライフスタイルが多様化している現代、4~5人にひとりが睡眠について何らかの問題を抱えているといわれています。睡眠は身体を調節している脳にとって重要な行為。睡眠不足が続けば、脳の機能が低下し、精神状態が不安定になったり体調を崩したりすることがあります。そのため、たかが睡眠と考えるのは早急です。何晩も寝つけない夜を過ごしたり、夜中に何度も目が覚めたり、ぐっすり眠れた気がしないことがよくあるときは、自分の睡眠スタイルを見直した方がいいかもしれません。それは、脳が出した警告信号なのかも。

あなたは夜、きちんと眠れていますか?

【文・F. O. (リバネス記者クラブ)】

<参考文献>
1) Tononi G., Slow Wave Homeostasis and Synaptic Plasticity. J Clin. Sleep Med. (2009)
2) 日本睡眠学会HP ヒト睡眠の基礎(堀 忠雄)

http://jssr.jp/kiso/hito/hito.html

3) 櫻井 武 著.睡眠の科学 なぜ眠るのか なぜ目覚めるのか.講談社ブルーバックス(2010)
4) 宮崎 総一郎 著.脳に効く「睡眠学」.角川SSコミュニケーションズ(2010)


本記事は、株式会社リバネスが配信するメールマガジン「リバコミ!」のサイエンストピックスを転載したものです。

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