レビューワーによる無駄な追加実験の要求をやめよ

 

Ma vuole essere leader

トップジャーナルの論文のピアレビューが、不要な追加実験のために行き詰まっている。

Natureを含むハイジャーナルに論文を投稿すると、たいてい追加実験を求めるコメントが返ってくる。そのような追加実験により、元の原稿で示された実験結果を強くサポートできることもあるが、たいていの場合は完全に新しい研究プロジェクトが提案されたり、あるいは、投稿された論文の内容を拡大するものではなかったりする。それらはたいてい高額の費用がかかる上に不必要なもので、研究のスピードを著しく落としている。トップジャーナルのレビューワーによる要求がエスカレートしており、さらにはエディターの管理業務負担も増しているために、ピアレビューのプロセスが深刻な問題に陥っていると、研究者らの間で問題視されている。

レビューワーたちは、目の前にある原稿をレビューするよりも、次の論文でやるべき実験をデザインして要求している。また、仮に実験が成功しても当初の結論に何の影響も与えないような追加実験を要求することもよくある。このような実験は、業界ではreviewer experimentsと呼ばれている。インパクトの高いジャーナルでは、レビューワーはそのジャーナルのためにハードルをあげなければならないと感じるために、要求レベルも高くなる。

この現象は、若手研究者のキャリアに重大な影響を与えている。なぜなら、ハイジャーナルに論文を投稿してからアクセプトされるまでに1年かかることも珍しくないからだ。結果として、博士号取得は遅れ、ポスドクは次の独立ポジションを狙うまでにまる1年も待たされ、若手の教授たち(Assistant Profクラス)は昇進を逃してしまうこともあり得る。

さらに、既に確立した終身雇用権のある教授と、そのラボの学生やポスドクとの間に利害の対立が起きている。前者は限られたリソースを適切に分配することが仕事であり、後者にとっては自分のキャリアがハイジャーナルに論文を出すことにかかっているからだ。両者はより低いランクのジャーナルに投稿し直すかレビューワーの要求に応えるかで意見が一致しない。

何ヶ月もかかる余分な実験はラボにとって大きなコストであるにもかかわらず、科学的には明らかな利点がない。論文の著者たちが最高レベルのサイエンスを提供してくれればジャーナルにとっては利益となるが、ジャーナル側が費用を出しているわけではないのだ。ジャーナル出版業界ではこれは一般に認められたビジネスモデルではあるが、それならば出版業界ももっと責任を追うべきである。

サイエンス業界は、論文がどのようにレビューされるかについて考え直すべきである。レビューワーは、目の前にある研究そのものを評価するのであって、その研究の次の段階でするべきことを要求するのではないと指導されるべきである。その研究に、新規性の不足や論理の破綻、あるいは不当な結論があればそれらを指摘するべきである。レビューワーは、「ほら見て、俺はこの原稿をちゃんと読んだよ、俺は他の奴らと同じぐらいクリティカルだし、原稿には書いていないことをちゃんと要求できるんだ!」というような態度が、残念ながら多かれ少なかれ標準的になりつつあるが、レビューワーはこのような態度を捨てるべきである。多くのレビューワーは自身も著者になりうるわけで、その場合には今度は自分が不当な要求をされる側になるのだ。それなのになぜそのような姿勢が生き残るのか?おそらく「因果応報」という感覚があって、科学者たちは自分がされたことを他人に仕返ししているのかも知れない。

エディターが自分の意見を言いたがらないことも問題を悪化させている。エディターは、大多数の意見を知るためにより多数のレビューワー(4人や5人というのも最早例外的ではなくなってきている)に意見を求めることが多い。エディターは、レビューワーのコメントや追加実験の要求をじっくり見て考えるよりも、ほぼ全てのコメントや追加実験の要求を正当化する立場を取るようである。多くの場合エディターは、修正された原稿を自分で評価せず(あるいは、自分で評価できない?)、レビューワーに再度送って、さらに時間を無駄にして、更なる追加実験の要求をもたらすこともしばしばである。

このような状況を打開するために、ジャーナル側としては3つの段階が取れると考えている。まず初めに、レビューワーたちに、追加実験を要求する場合にはそのためにどれぐらいの費用と労力が必要なのかおおまかな試算を出させることである。これは、研究者なら誰もが研究費申請のときに提出するよう求められるものと変わらない。次に、レビューワーからの要求が著者の結論に影響を与えるものかどうか、また、時間がかかり過ぎないかを、その分野の専門家であるエディターにしっかり見極めさせるべきである。最後に、レビューワーは原稿をよく読んで論理や実験に重大な欠陥がなければ、その原稿に対してシンプルにイエスかノーの判断を示すべきである。エディターが、実験結果がそのジャーナルでの発表方針に叶い読者層に合致すると判断したならば、論理とデータの質に問題がない限りはピアレビューを通過させるのに充分である。何回もに及ぶ原稿の修正は全体的な結論にはほとんど影響しないことは、多くのエディターが同意するところである。

これらの改革は時間を節約し、おもしろい科学研究が公に出るのを早め、そして著者らが欲している透明性を提供するものである。

<参考リンク>
End the wasteful tyranny of reviewer experiments:Nature (2011) 472:391, 27 April 2011


本記事は、BioMedサーカス.com – 医学生物学の総合ポータルサイトの「最新研究動向」を転載したものです。

 

Creative Commons License photo credit: Sweetdevil

■関連リンク
グリーンケミストリーとは何か? | スゴモリ
外国アクセント症候群とは何か | スゴモリ
喫煙衝動を司る脳の神経回路を発見、タバコ依存から脱する新しい禁煙治療の可能性 | スゴモリ
喫煙は数分で遺伝子レベルのダメージを与える | スゴモリ
映画を見て禁煙失敗?映画の喫煙シーンが喫煙の衝動につながる結果-ダートマス大学 | スゴモリ

Bookmark and Share

関連プロダクトクラウド