思い出したくない記憶だけを消す – 仏・ボルドー大学

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人間、長い間生きていると、思い出したくない記憶のひとつやふたつはあるものだ。しかし、そういう忘れたい記憶に限って鮮明に覚えているから始末が悪い。忘れたい記憶だけを選んで消去できる方法があればどんなに楽か。確かに、そんな楽な方法はさすがにまだ見つかってはいない。けれど、それにつながるかも知れない画期的な発見が、Science誌の2月18日号に発表された。ラットを使った、ごく限定的な記憶に限れば、薬でその記憶だけを消し去ることができたというのだ。

ラットは、徹底した食わず嫌いで、食べ慣れたものしか口にしない。これまでに食べたことのあるものと同じニオイのエサしか食べないのだ。ただし、例外があって、仲間のラットが食べたことのあるエサなら、自分がまだ一度も食べたことのないエサでも安心して?食べるようになる。それは、仲間のラットの口臭に含まれるエサのニオイを記憶できるからだ。

仏・ボルドー大学のEdith Lesburgueres氏らは、ラットのこの記憶能力を使って、ある実験を試みた。生まれて初めて与えられたクミン入りのエサに決して口をつけなかったラットを、すでにそのエサを食べたことのあるラットと30分間だけ一緒にすると、その口臭に含まれるクミンのニオイを記憶して、その後はクミン入りのエサを食べるようになる。クミンのニオイを覚えた1週間後に、今度はこれまた生まれて初めて与えられたココア入りのエサを、仲間の口臭から食べられるものだと記憶させられる。ただし、この時は同時にある薬を与えられる。すると、その後しばらくは、ココア入りのエサも食べるようになるが、一ヶ月も経つとココア入りのエサは食べなくなってしまうのだ。面白いことに、クミン入りのエサは依然として食べることから、ココアのニオイの記憶だけを選択的に失ったことになる。

理由は、ココア入りのエサのニオイを記憶したときに、同時に与えられた薬にあったのだ。忘れたい経験をした直後にこの薬を摂取することで、その記憶だけを消すことができるかもしれないというわけだ。この薬というのは、DNAに巻きついているヒストンというタンパク質の修飾(アセチル化)を阻害する働きがある。記憶を長期にわたって固定するためには、このタンパク質の修飾が必要なのだ。ただし、重要なのはそのタイミングで、記憶した後1週間も経ってからでは、その効き目がなくなることは、先の実験でクミンのニオイの記憶は正常に保たれていたことからわかる。

ここで、賢明なる読者の方は気づいたかもしれない。ヒストンのアセチル化を逆に促進する働きをもつ薬を与えると、特定の記憶だけをより確実に保持できるのでは?と。その推測は正しい。実際そのような薬を与えられたラットは、与えられなかったラットと比べて、ココアのニオイを1.5倍程よく記憶できていたのだ。

ただ、冒頭でも述べたように、これはまだ初期の実験段階に過ぎない。早くこの薬を試してみたいという方は、これだけは覚えておいた方がいいかもしれない。現状では、この薬は、脳の特定の場所に直接注射される必要があるということを。

(神無 久:サイエンスあれこれ
Creative Commons License photo credit: Mikey G Ottawa

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