癌の理論が疑惑に直面、癌の転移についての主要な解釈は臨床上の証拠に欠ける

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癌細胞は、発生過程の細胞に似た状態へと逆行することにより自由に動けるようになり、別の部位へと移動するという考え方が主流となっている。カリフォルニア大学サンディエゴ校のDavid Tarin氏は、今月初めの米国癌学会の年会で、このような考え方に疑問を呈した。

基礎研究においてこの仮説を支持するデータが数多く出ており、癌の転移を止めることができるようになるのではないかと期待されている。多くの癌は内皮細胞で起こる。内皮細胞は通常は動かないが、発生過程の胎児においては一時的に細胞の動きに関与するタンパク質の生産が増加し、細胞同士を接着させるタンパク質の生産が抑えられる。これにより細胞が可動性の「間葉(mesenchymal)細胞」様になり、胎児の体内の正しい場所へと移動する。もし癌においても同じような、内皮細胞から間葉細胞への移行(epithelial-mesenchymal transition; EMT)が起きるのであれば、それこそが、癌細胞が周りの細胞からはがれて血流に乗り、体内の別の場所で新たな癌を形成(つまり転移)するメカニズムなのかも知れないと考えられている。

この仮説はシンプルで理解しやすい。マウスにおいてEMTを活性化すると癌の転移が起きることを示され、既にEMT阻害剤を癌治療薬として開発しようと試みている製薬会社もある。

EMTは研究業界で大変な流行であるが、疑念を抱く研究者もいる。先述のTarin氏らは、この仮説は培養細胞や動物モデルでの実験結果を元にして広まっただけで、ヒトでの転移においてEMTの重要性を示す根拠がないと懸念している。病理学者たちはこれまでにヒトの癌組織の切片を多数調べてきたが、EMTの状態にある細胞は一度も見られていないと彼は言う。

EMTが転移のメカニズムであるという仮説の大家であるホワイトヘッド研究所 のRobert Weinbergらは、EMTがヒトで見られないのは、単にEMTが非常に一過性だからではないかと言う。転移細胞が新しい組織に浸潤するとすぐに間葉細胞様の特徴は消え失せてしまう。「患者の癌組織を調べるときには、我々は一瞬のスナップショットを見ているに過ぎない」と彼は言う。

Tarin氏は、米国癌学会の年会で「それは、この部屋に見えないエイリアンが座っているが、正しい道具を使っていないから今のところ見えていないだけだ、と言っているのに等しい」と反論する。

彼の懸念に同意する研究者もいる。フランスのモンペリエ癌研究所の Pierre Savagner氏は、EMTの活性化を示すとされているタンパク質は、プログラム細胞死など、転移には無関係のプロセスにおいても存在すると指摘する。「研究者たちは、細胞にEMTを起こして欲しいと望むあまり、この概念を無理に押し進めすぎている」と彼は言う。

Tarin氏は、転移の実際のメカニズムには細胞のアイデンティティの変化は関係ないかも知れないと言う。彼を初めとして他の研究者たちは、癌細胞における変異が細胞間接着を低下させるときに転移が起きると示唆している。

先述の、EMT仮説の大家であるWeinberg氏は、この仮説に対する混乱を解決するには、個々の癌細胞が癌組織から離れて新たな部位に定着するまでを追う必要があるが、このような実験はヒトでは技術的に難しいだろうと言う。「癌細胞が癌組織から離れて循環に乗るのは観察できるが、その細胞が新たな部位にたどり着いた後で何が起きるのかを見るのは極めて困難である」と彼は言う。

「転移が起きるのにEMTが必要なのかどうかはまだ不明である」とM.D.アンダーソン癌センターの Isaiah Fidler氏は言う。「しかし、EMT仮説は却下されるべきではない。癌においては、何も却下できない。」

<参考リンク>
Cancer theory faces doubts:Nature (2011) 472:273, 19 April 2011


本記事は、BioMedサーカス.com – 医学生物学の総合ポータルサイトの「最新研究動向」を転載したものです。

Creative Commons License photo credit: kevindooley

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