物理で解き明かす生き物のブラックボックス

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いつもと違った視点が思わぬ解決法を生むことってありますよね。生き物の研究も例外ではありません。今回は、一見生き物の研究とは無縁と思える方法が生き物のしくみを解き明かしたお話をしたいと思います。

からだの中のタンパク質製造工場

DNAはよく、生き物の設計図と呼ばれます。これは、DNAには生き物の部品となるタンパク質のつくり方が書かれているためです。DNAに書かれた暗号が、タンパク質の材料となる20種類のアミノ酸の並び方に読み替えられてタンパク質がつくられるのです。

この暗号を読み替えてタンパク質をつくる場所が、「リボソーム」という細胞小器官です。ここで、mRNA(*1)に写し取られた暗号をtRNAがタンパク質へと読み替えます。tRNAは、mRNAの暗号に対応して結合するアンチコドンと呼ばれる部分と、そのコドンに対応したアミノ酸と結合する部分を持っています。このため、mRNAの暗号とアミノ酸を1:1で対応して読み替えることができるのです。

リボソームはリボ核酸とタンパク質からなる複合体です。大小2つのサブユニットからできていて、3つのtRNA結合部位(A、P、E部位)があります。アミノ酸と結合したtRNAがmRNAの暗号を読み取ってA部位に結合すると、P部位のtRNAに結合したアミノ酸と結合します。このとき、2つのtRNAはそれぞれP部位からE部位へ、A部位からP部位へと順に、mRNAごとずれます。反応を終了したtRNAはE部位からはずれ、A部位には次の暗号を読み取ったtRNAが結合します。このステップをくり返しながらアミノ酸をひとつずつくっつけていくことでアミノ酸が鎖のようにつながって伸びていき、タンパク質は完成します。

このように、タンパク質が整然とつくられるリボソームは「タンパク質製造工場」とも称されます。まるで機械仕掛けのようなしくみを生き物はもっているのです。1956年にリボソームがタンパク質合成の場であることが示されてから約半世紀後にようやく、このしくみは明らかにされました。
図1図2

リボソームのしくみを解いたX線

 この見事なしくみを解明したのは、「X線の回折現象」でした。
 X線は、光と同じ電磁波の一種で、光よりも短い0.01~100nm程度の波長の波です。回折とは、障害物に当たると、その陰に回り込んで進んでいくというあらゆる波がもつ性質です。たとえば、海の波。岸に打ち寄せる波は防波堤によって阻まれますが、防波堤の間を通る波は、その裏側にまで回り込んで到達します。
 規則正しく並んだすき間に光を当てると、そのすき間の大きさなどによって決まった模様が浮かんできます。これも回折によって起こる現象です。X線でも同様の現象を見ることができます。結晶のように周期的な構造を持つ物質にX線を当てると、ブラッグの条件(*2)に従って特定の方向にのみX線が回折します。これにより得られる回折像はその結晶に特有のパターンをもっています。回折像は結晶そのものを写した写真ではなく、結晶を当てたときに浮かび上がる模様といえます。光によって浮かび上がった模様からスリットの幅が計算できるのと同じく、X線の回折像から規則正しく並んだ原子の位置を計算することができるのです。X線を当てる角度を変化させると別の回折像が得られるので、さまざまな角度からX線を照射することによって、結晶の立体像のデータを集めて立体構造を決定することができます。
 このようにして結晶の立体構造を決定する方法は、「X線結晶構造解析」と呼ばれています。結晶の格子構造によって起こるX線回折を利用するため、結晶化された状態の分子を見ることになります。タンパク質やDNAは、結晶中に水を多く含んだ状態で結晶化することができるため、この方法で見ることのできる構造は、溶液中、つまりからだの中で働いている状態に近いと考えられています。
 目に見えない小さな分子が働く生き物のしくみは、まるでブラックボックスです。X線によって明らかになったリボソームの構造から、 DNAからタンパク質がつくられるしくみを実際に目に見えるかたちで確かめることができたのです。

見方を変えれば見えてくる

 リボソームの構造と機能の研究により、V. ラマクリシュナン、T. A. スタイツ、A. E. ヨナスの3氏が2009年度のノーベル化学賞を受賞しています。彼らは、リボソームの結晶化のためのさまざまな方法を開発し、実際にその構造を決定することに成功しました。その成果は一見、生き物の研究とはなんの関わりもないように思えますが、リボソームでタンパク質がつくられるしくみが確かめられたように、物理学を応用すれば、生き物のことをもっとよく理解することができるのです。生き物というひとつのものをとっても、見方を変えて見るとさらにおもしろいことが見えてきそうです。
【文・瀬野 亜希(リバネス記者クラブ)】

(*1)mRNA:DNAに記された遺伝子の暗号のコピー。
(*2)ブラッグの条件:2つの面の間隔をd、X線と平面のなす角をθ、任意の整数n、X線の波長λとしたときに、2dsinθ=nλが成り立つ条件でのみX線が回折する。θとλとX線結晶解析像のスポットから原子間距離d、すなわち分子構造の解析が可能となる。

<参考文献>
1) 石田 寅夫 著.ノーベル賞の生命科学入門 構造生物学の発展.講談社(2010)
2) 田宮 信夫 他 訳.ヴォート基礎生化学.東京化学同人(2000)
3) 河野 敬一 他 編.基礎から学ぶ構造生物学.共立出版(2008)
4) 中村 桂子 他 訳.Essential 細胞生物学.南江堂(1999)
5) リバネス出版編集部 編.リバコミ!vol.1~74コのサイエンスのおはなし~.リバネス出版(2008)
6) 京都大学大学院 生命科学研究科 統合生命科学専攻 遺伝子動態学分野研究室 http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/seika/inoue/RNAtowa/RNA.html


本記事は、株式会社リバネスが配信するメールマガジン「リバコミ!」のサイエンストピックスを転載したものです。

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