1個の卵の謎が解けるとき、未来は変わる 

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遺伝子の変異によりTBX6が働かなくなったマウスでは、本来ならば中胚葉ができるはずの部分に、なぜか神経管が形成されてしまいます。このマウスの胚のエンハンサーN1の働きやSox2遺伝子のON / OFFを調べると、中胚葉領域に移動した細胞群でもエンハンサーN1が働き、Sox2遺伝子がONになっていました。さらに発生が進むと、この細胞群から、本来できるはずのない神経管が形成されたのです。どうやらTBX6は、Sox2遺伝子をOFFにする働きをしているようです。

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では、TBX6は一体どのようにしてSox2遺伝子をOFFにしているのでしょうか。
このTbx6変異マウス胚において、エンハンサーN1をゲノムから欠失させると、中胚葉領域でのSox2遺伝子はOFFとなり、神経管形成も起こらなくなりました。これらのことから考えると、TBX6はエンハンサーN1の働きを抑え、Sox2をOFFにしていることがわかります。実際に転写制御因子TBX6が調節しているのは、Wnt3aという遺伝子の転写。Wnt3a遺伝子は、エンハンサーN1の活性化を担っています。
体軸幹細胞と呼ばれる共通の細胞が、神経になるか、はたまた筋肉や骨になるかは、TBX6の働き次第というわけだったのです。じつは、最近では、神経系は外胚葉からできるものであり、中胚葉からできる筋肉や骨とは別の過程を経てつくられるとする従来の定説に合わない研究結果が増え、長い間信じられてきた説が疑われるようにもなっていました。そんななか、今回の発見は従来の定説を覆すものとなったのです。

再生可能な未来

分化を決めている遺伝子のON / OFFのコントロールのしくみがすべて明らかになれば、発生を人為的に制御することも可能になるかもしれません。発生のしくみの解明によって、細胞を利用して生体組織を再生したり、移植のための臓器をつくったりする「再生医療」への応用も期待されます。
じつは、成体では、分化した細胞は増殖しない静止した状態にあります。成体における細胞の増殖を担うのは、幹細胞と呼ばれる、無限に増殖の可能な分化していない細胞です。分化していないといっても、幹細胞には、分化できる細胞がある程度決まっているものと、あらゆる細胞に分化しうるものがあります。最近話題のiPS細胞は、分化した細胞を人工的に脱分化(分化状態のものを未分化状態にする)させることでつくり出された、あらゆる細胞に分化することができる幹細胞です。移植される患者由来のiPS細胞を使って、細胞を自在に分化させ、組織や臓器をつくり出すことができれば、拒絶反応の少ない移植が可能になるのです。
今回の発見により、また一歩発生のしくみが明らかにされました。と同時に、再生医療実現への扉もまたひとつ開かれたのではないでしょうか。
【文・瀬野 亜希(リバネス記者クラブ)】

(*1)ゲノム:DNAに並んでいる全遺伝子を総称して呼ぶ。
(*2)誘導:周辺の領域に働きかけて、その発生運命を決めること。周辺の領域に働きかけて、誘導を引き起こす部分をオーガナイザー(形成体)と呼ぶ。シュペーマンは、イモリ胚の移植実験により、原口背唇部と呼ばれる部分がオーガナイザーとして、二次胚を誘導することを発見した。

<参考文献>
1) Tatusya Takemoto et al. Tbx6-dependent Sox2 regulation determines neural or mesodermal fate in axial stem cells. Nature 470, 394-398(2011)
2) Jonathan Slack著.エッセンシャル発生生物学 改訂第2版.羊土社(2007)
3) 西駕秀俊・八杉貞雄 編著.たった一つの卵から―発生現象の不思議―.東京化学同人(2001)


本記事は、株式会社リバネスが配信するメールマガジン「リバコミ!」のサイエンストピックスを転載したものです。

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