ウイルスが、がんの正体を暴く(2)

先週に引き続き、「がんウイルス」のお話です。先週は、「がんウイルス」が正常な細胞をがん細胞に変化させるという発見までのお話でした。この時点では、一部のがんの原因にすぎなかった「がんウイルス」が、いったいどういう訳で、遺伝子の病気というがんの正体を暴くことになったのでしょうか。

脇役から一転、がん研究の革命児へ

「『がんウイルス』が正常な細胞をがん化させることはわかった。では、どうやって細胞をがん化させるのだろうか」。
ラウス肉腫ウイルスを調べた結果、がん遺伝子が初めて確認されました。さらに驚くべきことに、”src”(サーク)と名付けられたこのがん遺伝子は、若干の違いはあるものの、ニワトリの正常細胞のゲノムの中にも見つかったのです。そして、なんとヒトを含むほ乳類や魚類のゲノムからも、ウイルスのサーク遺伝子とよく似た原がん遺伝子が発見されました。このことから、サークと似た原がん遺伝子は脊椎動物の共通祖先から受け継がれてきたものであり、動物の細胞から偶然にウイルスにもたらされたと考えられています。「がんウイルス」はその進化の過程で宿主への感染・増殖をくり返す中、宿主ゲノムの一部、しかも偶然にも原がん遺伝子を含む部分を自身のウイルスゲノムに取り込んだという説です(下図)。ウイルスゲノムのコピーは、細胞分裂の際に行われる細胞のゲノムのコピーよりも不正確に行われるため、ウイルスゲノムには高頻度で変異が起こります。偶然に取り込んだ宿主由来の原がん遺伝子がわずかに変化し、がん遺伝子と姿を変えることで、「がんウイルス」は細胞をがん化させる能力を得ることとなったのでしょう。

「がんウイルス」が新しい常識を生む

このようにして、がん遺伝子のもととなる遺伝子が細胞自身の中にあることが示されたことがきっかけとなり、サーク遺伝子だけではなく、他の「がんウイルス」に見られるがん遺伝子もまた、正常細胞に存在することが次々にわかってきました。そして研究者たちは、新たな仮説を考えるようになったのです。
「ウイルスを含む、がんのあらゆる原因が、原がん遺伝子をがん遺伝子に変異させることで、がんを引き起こしているのではないか」
それからほどなくして、ヒトのがんの発生に原がん遺伝子が関与していることを裏付ける証拠が報告されたのです。がん腫瘍では特徴的な染色体転座(*2)が起こっていて、原がん遺伝子が本来の場所から移動するなど、異常な状態になっていることがわかりました。次いで、がん細胞から取り出したDNAを正常細胞に入れてやると、その細胞はがん化することが実験で証明されました。しかも、このがん細胞由来のDNA中の原がん遺伝子を調べてみたところ、突然変異が起こっていることがわかったのです。
こうして、細胞内の遺伝子ががん発生に重要な役割を果たしていることは研究者の間で広く受け入れられるようになり、今や研究者だけでなく世の中の多くの人も知ることとなりました。「がんウイルス」研究のおかげで、がんは遺伝子の病気となり、分子生物学や遺伝学を使って解析できる対象となりました。遺伝子検査による診断や、異常をきたした遺伝子を標的にした治療も現実のものとなっています。
ニワトリのがんとヒトのがんは関係ない、ヒトのがんがウイルスによって引き起こされるわけがない、「がんウイルス」はがんの一要因に過ぎない……。これらに代表されるような、その時々の定説にとらわれていては、がんに対する理解はここまで進んでいなかったかもしれません。いつの時代も、常識にとらわれない研究者の発想や好奇心が新しい常識をつくり出しているのです。
【文・瀬野 亜希(リバネス記者クラブ)】

(*2)染色体転座:ヒトのゲノムは46本の染色体に分かれて存在する。染色体転座とは、ある染色体が部分的に別の染色体と融合することをいう。たとえば、慢性の骨髄性白血病患者にはフィラデルフィア染色体と呼ばれる異常染色体が多く見られるが、これは9番染色体と22番染色体の間で染色体転座が起こったものである。

<参考文献>
1) J・マイケル・ビショップ 著.がん遺伝子は何処から来たか? 日経BP社(2004)
2) ロバート・A・ワインバーグ 著.がんの生物学.南江堂(2008)
3) 掛札 堅 著.アメリカNIHの生命科学戦略.講談社(2004)


本記事は、株式会社リバネスが配信するメールマガジン「リバコミ!」のサイエンストピックスを転載したものです。

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