地球資源は誰のものか、高まるエネルギーや水の枯渇問題、コモンズの悲劇を避けよ

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アメリカのとあるミネラルウォーター製造者は、地下水を汲み上げて製品にしていた。製造者は山の麓の土地を買い、そこへポンプを設置して効率的にミネラルウォーターを作る。いわば無料の資源に値段をつけて売っているのである。もちろん莫大な利益を得る。さらなる利益のため、ポンプを増設しフル稼働させる。汲水量は増え続け、利益も右肩上がり。しかしある段階で汲水量が減り始める。地下水が枯渇し始めたのだ。少し離れた場所にある町では井戸を通じて水を確保していた。しかし、この業者の商業的な大規模な吸水により井戸の水が減ってしまった。住民は州に訴えを起こすも途方にくれてしまった。

これを経済学用語でコモンズの悲劇という。

誰もが利用出来る共有地の資源を無計画に無制限に乱獲することによって、資源の枯渇を招き、土地を荒らすという法則である。生態学者Garrett Hardinが 1968年に「Science」誌に論文「The Tragedy of the Commons」を発表したことで知られるようになった。コモンズの悲劇には、国の法律などで制限するといったものや排出権取引などの市場原理を用いたもので対策が取られることが多い。

このコモンズの悲劇という問題は往々にして地球環境問題を語る際に引き合いに出される。今回も水問題を提起するに当たって利用しているが、現在、地球ではエネルギーや水の枯渇が問題視されている。これは地球全体をひとつの資源と見れば大きく見ればコモンズの悲劇である。

日経サイエンス2010年12月号によれば、化石燃料は技術の進歩によって3年後の2014年には採掘量のピークを迎え、2050年までには石油資源の90%が採掘される予測モデルがあるという。水問題にいたっては、アマゾン川が干からびていることをスゴモリでも画像で伝えたが、ひとつの大きな河川が複数の国にわたって海まで流れている場合に発生するケースが多い。もちろんこれも共有財産、コモンズだからだ。水の場合は枯渇問題のみならず、汚染の問題もある。東欧では数十年前からドナウ川が汚染され、ハンガリーなどのドナウ川下流の国では川の水を利用できなくなるという致命的な事件が発生している。

同様に鉱物資源なども言え、他には食べ物、時に漁獲量の減少は漁具の発達によるコモンズの悲劇の始まりだという声も大きい。コモンズの悲劇を起こさないように、規制や制限し対策を取ることはもちろんだが、世界的な人口増加に伴う需要の増加に耐えうる代替資源の創成が今人類には求められているだろう。

地球の資源はいったいだれのものなのか。限りある資源をどうやって使うのが適切か。陳腐なキャッチフレーズだと切り捨てていたこの言葉を再考しなければいけない日も近いかもしれない。

Creative Commons License photo credit: Difusa

■関連リンク
世界最大の河川アマゾン川が干からびてきているという大問題 | スゴモリ

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